2023年2月3日金曜日

【貨幣循環】実質GDPの増加に対応する貨幣量の増加

この記事では、実質GDP(財・サービスの数量)の増加のためには、財・サービスを購入するための貨幣量の増加も必要である事を示す。数量方程式を変形すると以下の関係式が得られる。

dP/P + dQ/Q = dM/M

dP/P がインフレ率の増加を示し、dQ/Q が財・サービスの数量(実質GDP)の成長率を示し、それらに対応して dM/M が貨幣量の増加を示す。

例えば、貨幣量が変化せずとも供給の減少によってインフレが発生する場合、dM/M=0に対して、dQ/Qが財・サービス数量の減少率を示し、dP/Pがインフレの増加率を示す。


内容

1. 数式紹介

2. 数式展開

3. 結論

4. 実質GDPを増加させる実際的な手続き

5. おまけ、実質GDPについて



1. 数式紹介

名目GDP = Y = MV = PQ

実質GDP = P'Q

ある年の平均物価 P と基準年の平均物価 P' は、物価成長率を a として以下の関係を満たす。

P=aP'

この関係より、実質GDPに相当する循環貨幣量の実質値 M'V' が定義できる。

P'Q = M'V'

MV = a M'V'

この関係よりも「M=aM'」とすれば簡単で扱いやすいし、直感的に理解しやすい。結局はこの関係に帰着するが、ここではVを含めて記述する。



2. 数式展開

次に実質GDPの増加を考える。実質GDPの平均物価は基準年の値であり一定値なので、実質GDPの増加とは、販売された財・サービスの数量の増加である。

GDP + dGDP = P'(Q+dQ),   dQ=Q2-Q1

dQが年1と年2にかけての財・サービスの数量の変化量である。この時、数量方程式より、循環貨幣量も同様に増加しなければならない。

GDP + dGDP = (M'+dM')(V'+dV')

さて貨幣循環による描像の下では、M=G+Iであり、V=1/(1-β)である(【貨幣循環】貨幣循環導入の3点セット)。

経済学経験者は貨幣数量説についての知識もあるだろう。貨幣数量説においては「M=金融市場を含めた全貨幣量」と仮定しているため、消費に寄与しない貨幣が循環速度Vの導出に入り込み、その精度はとても悪い。この事で50年間も頭を悩ませているのは、正直、職業研究者としてどうかと思う。筆者の仮説では、循環して財・サービス市場に寄与する貨幣量をM=G+Iと仮定している。これは循環フロー図に由来する推測である。

閑話休題。上記の式は以下のように変形される。

GDP + dGDP = M'V' + V'dM' + M'dV' + dM'dV'

→ dGDP = P'dQ = V'dM' + M'dV' + dM'dV'

→ dQ/Q = dM'/M' + dV'/V' + dM'dV'/M'V' (両辺をP'Q=M'V'で割る

→ dQ/Q ~ dM'/M'

この式に示されるように、実質GDPの増加は財・サービスの数量の増加であり、そしてそれは循環する貨幣量の増加に他ならない。

最後の変形は少し荒いが、1>dM/M>dV/Vに由来する。M=G+I と V=1/(1-β)の推移を調べた時、1955年以降、多くの国で名目GDPとMの桁は変化したが、Vとβの変化はそれよりもずっと小さい(日本ではほぼ変化していない)。平均消費性向の範囲は、0<β<1、である。2000年から2020年までの、30ヵ国の政府支出Gと循環速度Vの平均成長率の分布は、「【貨幣循環】貨幣循環速度Vの成長率」に示される。

この式に説明を一つ加えたい。それはdQ'>dQとなるような、財・サービスの変化量の上限の存在である。この上限は科学技術の進展に時間依存する。例えば現時点において、我々は馬車を購入する事はできるが、ワープ機能のついた恒星間宇宙船を購入する事はできない。

このすこしあやふやな上限を考えると、理解が楽になるだろう。財・サービスの数量を増やし、実質GDPを増加させるためには、(インフレ率を除外した)貨幣の実質的な量を増やす必要がある。そしてその増加には上限が存在する。



3. 結論

しばしばツイッターなどのSNS上の議論で「経済成長とは実質GDPの増加!そのためには企業の生産性の改善が必要!政府支出の増加は不要!」との意見を目にする。

しかし上の式は、「実質GDPの増加には、購入のための貨幣量の増加が必要」である事を示している。科学技術が進展し、購入可能な財・サービスの数量が増加しても、企業と家計の間を循環する貨幣量が変わらなければ、購入可能な財・サービスは限定されてしまう。

経済学で頻出のパン経済に例えよう。今、家計と企業の間ではパンと貨幣の取引が行われている。人々(家計)は毎日パンを購入し、月に一度、家計は企業から給与(貨幣)を受け取る。このサイクルにおける貨幣量は一定である。ここに新たな財・サービスである「肉」を登場させよう。価格はパンと同じである。貨幣量が変わらなければ、一日に購入できるのはパンor肉のいずれかである。この時、当然だが実質GDPは変化しない。パンと肉を毎日両方購入し、実質GDPを増加させるためにはどうしたら良いだろうか?

日本における最近30年間、ITを中心として我々の日常生活における財・サービスの数量は明らかに増加した(ここで問題の一つは、我々が財・サービスの数量を定量的に認識できない事である)。一方、現在の日本は様々な社会インフラを十全に維持できないでいるし、個人的には収入が上がらずに十分な財・サービスを購入できない人たちが増えている。

我々は、スマートフォンを購入するために、高速道路のトンネル整備を諦める必要があるのか?オリンピックや各種スポーツの祭典を観るために、国宝の保存を諦める必要があるのか?電力線や光回線の維持のために、上下水道の維持を諦める必要があるのか?

否。選択の問題ではない。「豊かな生活」のためには、ここに挙げたサービスを含めて多くの財・サービスが必要である。そしてそれらを購入するための適量の貨幣が必要である。

我々には、Qの増加量に対応する M の増加が必要である。

もちろん、購入可能な全ての財・サービスを購入する事は無い。先に馬車を例に挙げた。イギリス含めた各国において、鉄道や自動車の登場によって日常交通機関としての馬車の市場は消失した。新しい財・サービスの登場によって、利用されなくなった財・サービスは確実に存在する。この調整は、ミクロ市場の分野であり、複数の企業と多数の消費者の選択と行動によって決まる(見えざる手に導かれるように)。



4. 実質GDPを増加させる実際的な手続き

どの程度の貨幣を供給し、財・サービスの数量をどの程度増加させればいいだろうか?まずは一般論を考える。

実質GDPを増加させる方法は、多くの人々に消費させる事である。購入する財・サービスを増加させる事である。現実には、インフレ率増加を加味して、財・サービス数量の増加に応じた貨幣量増加が必要である。名目GDPの成長率を考えよう。数量方程式に各変数の微小項を加え、式変形する。

PQ=MV, (P+dP)(Q+dQ) = (M+dM)V

→ PQ + PdQ + QdP + dPdQ = MV + VdM

→ dP/P + dQ/Q = dM/M

この式変形からは、インフレ率(平均価格の成長率)と財・サービスの数量の成長率の合計に対応した貨幣量の成長率が必要である事が理解できる。従って、例えばインフレ率2%と財・サービス数量の成長率5%に対応して、7%の貨幣量の成長率が必要である。逆に言えば、貨幣量を7%増加させれば、確実にインフレ率と財・サービス数量の成長率の合計は7%増加する。ただし合計は確実に増加するが、その配分はミクロ市場における選択によって決まるだろう。

ここに出てきたインフレ率の2%は、35年間で物価が2倍になる事を想定した値である(2~1.02^35)。この値はインフレターゲットとして各国に採用されている。

一方財・サービス数量の成長率ついては、通常の国家運営と平和な状況なら一般的な議論で事足りるだろう。本記事では仮に最大2%と設定しよう。ただ日本の現状では、確実にこの通常時の値よりも大きな値を設定するべきだろう。

これらの値が決定されたとして、政府にできる事は毎年の調整である。インフレ率と財・サービス数量の成長率の合計に合わせて、成長率が長期間において想定通りになるように、毎年の貨幣量の増減を調整する事である。

インフレ率の変化については、現在の理解のように、様々な要素で乱高下する事もある。そして財・サービス数量の成長もおそらく単純ではない。思い出して欲しいのは、購入可能な財・サービスの数量の(あやふやな)上限が科学技術の進展に依存する事である。科学技術が進展するにつれ、購入可能な財・サービスの数量は増加するはずだが、それがいつ停滞して、いつ急上昇するのかは、おそらく誰にも予想できない。どんな財・サービスが好まれるか?好まれないかは、消費者の選択に依存する。これはマクロ的な貨幣循環の範疇ではない。おそらくこれがマクロ経済学とミクロ経済学の断面あるいは接点である。

繰り返すが、政府の仕事は、インフレ率と財・サービス数量の成長率の合わせての貨幣量の調整である。これは毎年行われなければならない。


現在の日本の特殊事情を考慮しよう。

ここに挙げる事情は二つ。一つは、現在ロシアによるウクライナ侵略戦争によって様々な物資の供給網が世界的に混乱し、輸入される原材料の価格高騰に起因するインフレが発生している事である。もう一つの理由は、現在の日本経済ではほぼ30年間デフレが継続しており、日本国民が多くの財・サービスを必要としている事、修繕・復旧を必要とする社会インフラが多く存在する事である。

現在の筆者の貨幣循環の描像では国内の貨幣循環のみを考えているが、輸入原材料の価格高騰とは、海外の企業と家計に国内企業から流れ込む貨幣流の増加を示している。一時的かつ特定の分野と企業に制限されるなら、補助金などで対応する事ができる。いずれにしろ、2%のインフレターゲット以上の貨幣量の増加が必要となる。

財・サービス数量の成長率については、30年間のデフレの代償として今後どれだけ成長するのか簡単に見通す事ができない。他国の数値を参考にできるかもしれない。

財・サービス数量の成長率の見積もりには、財・サービス数量の精度の良い測定方法が必要である。限られた財・サービスから得られる平均物価を使っての財・サービスの数量の試算は、おそらく悪くはないが、精密とは言い難い。ファクター程度の誤差はあるだろう(本当は1だが、それが2や酷い時は5として観測される)。我々が消費している財・サービスの数量の計測は、現在の経済学の主要課題では無い(そのような研究があればごめんなさい)。

貨幣の増加量が設定できたとして、次は給付方法の問題となる。通常、貨幣量の増加は政府支出(公共事業と公務員雇用)と国内投資によって実現されるべきである。GDP内訳の推移より、国内投資は政府支出と同規模に増加すると考えられる。しかし日本経済の現状は、適切な貨幣循環によって十分な貨幣が国民に行き渡る状況ではない。そのため、効果的なのは全国民への給付金あるいは消費税減税(廃止)である。これが一番不公平がない。富裕層のうま味が少ない。赤ちゃんから年配の方々まで、全ての国民が恩恵を受ける。



5. おまけ、実質GDPについて

実質GDPについて、人々の認識は以下のようなものである。

経済学未経験、「実質GDP?なにそれ美味しいの?」

学部生院生、「実質GDPは名目GDPを物価成長率で割った値」

筆者の妄想上の経済学者、「実質GDPの実質は販売された財・サービスの数量Q」

不勉強な経済学者なら、実質GDPの意味するところを考えず、定義そのままを答えるだろう。一方、この「販売された財・サービスの数量Q」という認識も不十分で、さらに一段階認識を深める事ができる。

我々が「理想的に実質GDPが成長する」と言う時、それは国家の人口が増え、人々の生活が豊かになる(消費・享受する財・サービスの数量が増加する)事を意味する。

皆「実質GDPが大事」だとは言う。しかしさらに踏み込んで、実質GDP増加を人口増加と一人あたりの財・サービスの数量増加に分割して議論する人は(少なくとも筆者の観測範囲内には)いない。


【貨幣循環】の他記事リンクページ


0 件のコメント:

コメントを投稿

注目の投稿

【貨幣循環】名目GDPと M=G+I と V=1/(1-β) の成長率

「 【貨幣循環】貨幣循環導入の3点セット 」では、貨幣循環の定式化である M=G+I と V=1/(1-β) を紹介した。「 【貨幣循環】歳出伸び率とGDP成長率の関係 」では、名目GDPの成長率と政府支出Gの成長率の関係を紹介した。本記事では、MとV、および名目GDPの成長率...

人気の投稿