この記事の主題は、貨幣の循環速度Vと政府支出Gの平均成長率の関係である。以下の図は、33カ国20年間の平均値の分布。政府支出の平均成長率の範囲が2%から10%、そして循環速度Vの平均成長率の範囲はほぼ1%以下(2%超が一例)である。過去20年間において、「循環速度Vの成長率は、政府支出Gの成長率より小さい」という結果が得られた。
各国の政府支出の成長率の平均値(横軸)と貨幣循環速度の成長率の平均値(縦軸)。 |
データはOECDから取得した33カ国、20年間の平均値。ここでは世界規模の経済的な事件となった2009年と2020年を除外している。
このグラフで記事を書く理由は、「【貨幣循環】政府支出Gの成長率と名目GDPの成長率の関係(Y、M、Vの各変化率の関係)」において紹介した、政府支出と名目GDPの成長率の正比例関係を説明するためである。先の記事ではこの正比例関係の説明として、貨幣循環のもとでの循環速度の成長率が0で、政府支出と国内投資の成長率が同程度ならこの正比例関係を説明できる事を示した。今回のグラフは、循環速度の成長率が0とはいかないまでも、循環速度の成長率が政府支出の成長率に対して小さい事を示している。
内容
1. データ
2. 数式まとめ
3. グラフ
1. データ
データ選択した国はこちら。
['AUS' 'AUT' 'BEL' 'CHE' 'COL' 'CRI' 'CZE' 'DEU' 'DNK' 'ESP' 'EST' 'FIN' 'FRA' 'GBR' 'GRC' 'HUN' 'IRL' 'ISL' 'ISR' 'ITA' 'JPN' 'KOR' 'LTU' 'LUX' 'LVA' 'NLD' 'NOR' 'POL' 'PRT' 'SVK' 'SVN' 'SWE' 'USA']
わかりにくそうな略称は、CRI=コスタリカ、CHE=スイス、EST=エストニア、GRC=ギリシャ、LTU=リトアニア、LUX=ルクセンブルク、LVA=ラトビア、NLD=オランダ、である。あとは日本、韓国、アメリカ、オーストラリア、イスラエル、コロンビア、欧州主要国である。
「【貨幣循環】政府支出Gの成長率と名目GDPの成長率の関係(Y、M、Vの各変化率の関係)」において紹介した朴さんのデータとは国と期間が一致していないが、データ選択の結果である。
今回の一連のプロットでは、「Gross domestic product (GDP)」、「Household spending」、「General government spending」のデータを用いた。選択期間は2000年から2020年である。
これらのデータの一部には、欠損している期間がある。日本も、「General government spending」については2004年以前のデータは提供されていない。データが揃っている最も短い期間は、コスタリカの2012年から2019年である。
2. 貨幣循環的数式のおさらい
「【貨幣循環】貨幣循環導入の3点セット」と「【貨幣循環】政府支出Gの成長率と名目GDPの成長率の関係(Y、M、Vの各変化率の関係)」で述べた、数式の展開をまとめる。
循環フロー図、名目GDPの定義、数量方程式の統一的描像から、M=G+Iが得られる。そして Y=MV より、V=Y/(G+I)=1/(1-β) が得られる。
- M=G+I
- V=1/(1-β)
次に、Y=MVに、微小量dY, dM, dVを与えると、成長率(変化率)の関係式が得られる。
- dY/Y = dM/M + dV/V
この式について、dV/V=0, M=G+I=aG(aは独立係数)なら、以下の式が得られる。
- dY/Y=dG/G
この式によって、名目GDPの成長率と政府支出の成長率の正比例関係が説明できる。そこでこの記事の趣旨は、dV/V の観測値と G+I=aG の係数aを検証する事である。ただし、OECDから国内投資Iのデータを得られなかったので、dV/V の観測値のみを検証した。
3. グラフ
冒頭の、循環速度Vと政府支出Gの成長率についてのグラフである。
各国の政府支出の成長率の平均値(横軸)と貨幣循環速度の成長率の平均値(縦軸)。 |
冒頭に書いたように、循環速度の成長率は0%前後、およそ±1%以内におさまっている。それに対して、政府支出の成長率は2%から10%の範囲である。従って今回選択した33カ国のおよそ20年間において、名目GDPの成長率と政府支出の成長率が同等なのは自然な事と結論付けられる。(そしておそらくは政府支出と国内投資は、平年は常に同等の規模である。)
以下のグラフは、今回のデータサンプルから得た、名目GDPの成長率と政府支出の成長率の分布である。
各国の政府支出の成長率の平均値(横軸)と名目GDPの成長率の平均値(縦軸)。実線の傾きは1。 |
朴さんのグラフに比べるとすこし分散が大きいように思えるが、正比例の傾向は同様である。
今回のグラフでは、どの国についても2009年と2020年の値を成長率の平均値から除いているが、その理由は経済的な事件のあったこれらの年の経済状況が平年から大きくずれているからである。例えば日本について名目GDPの成長率(dY/Y)と、政府支出の成長率と貨幣の循環速度の成長率の和(dG/G+dV/V)の推移は以下のようになる。
他に、dG/G+dV/V が dY/Y をよく再現している例として、フランスを挙げる。
どちらのグラフでも一見して分かるように、特に2009年と2020年は、dG/G+dV/V は dY/Y を再現できていない。これは国内投資の成長率が政府支出の成長率と大きくずれた事を示している。2009年にはリーマンショックがあり、2020年にはcovid19が世界的に流行し始めた。これらの経済的に異常なイベントの影響を除くために、2009年と2020年のデータを除いた。
まとめとして、33カ国の20年間のデータの平均値について、貨幣の循環速度Vの成長率は政府支出Gの成長率よりも小さい値を見せる。この小さな値によって、貨幣循環の描像のもとで、政府支出Gの成長率と名目GDPの成長率の正比例関係を説明できる。
この正比例関係は、多くの国の名目GDPの成長率が政府支出の成長率によってコントロールされている事を示している。従って筆者は、失業率などの微小なパラメータを多く用いた、「需要と供給の均衡」を基盤とした名目GDPの成長率予測が有意義な研究だとは考えない。少なくとも、事件の無い通常の年については。
データの引用
- OECD (2022), Household spending (indicator). doi: 10.1787/b5f46047-en (Accessed on 06 November 2022)
- OECD (2022), Gross domestic product (GDP) (indicator). doi: 10.1787/dc2f7aec-en (Accessed on 06 November 2022)
- OECD (2022), General government spending (indicator). doi: 10.1787/a31cbf4d-en (Accessed on 06 November 2022)
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