2022年8月19日金曜日

【貨幣循環】名目GDPと M=G+I と V=1/(1-β) の成長率

【貨幣循環】貨幣循環導入の3点セット」では、貨幣循環の定式化である M=G+I と V=1/(1-β) を紹介した。「【貨幣循環】歳出伸び率とGDP成長率の関係」では、名目GDPの成長率と政府支出Gの成長率の関係を紹介した。本記事では、MとV、および名目GDPの成長率について時間変化と散布図のグラフを紹介する。

名目GDPの成長率とM=G+Iの成長率
名目GDPの成長率(縦軸)とM=G+Iの成長率(横軸)についての散布図。

これが名目GDPの成長率(縦軸)とM=G+Iの成長率(横軸)についての散布図である。M=G+Iと名目GDPの成長率が20%以下の範囲でよく正比例している事が分かる(一定の分散あり)。これは貨幣循環の因果関係として当然である。貨幣循環を考えれば、企業と家計による貨幣循環への貨幣の注入量そして吸収量がG+I=S+Tだからである。

ただし、M=G+Iと名目GDPの成長率の1対1関係には、「Vの成長率(変化率)が低ければ」という注意書きがつく。M=G+Iが20%以上の範囲において、データ点が傾き1を示す破線から離れているのは、日本の1960年代以前のVの成長率が大きかったからである。そして上記の「一定の分散」というのはVの成長率の変動である。

この事から見出される結論の一つとして、近年の日本のGDPの低迷はM=G+I の低成長率に由来する。

内容。

  1. M=G+I と V=1/(1-β) の変化率
  2. 日本とアメリカの名目GDPの成長率
  3. V の成長率の特徴


1. M=G+IとV=1/(1-β)の変化率

本記事では、MとVおよび名目GDPの成長率を紹介する。これらの成長率は以下の関係を持つ。

dY/Y = dM/M + dV/V

この関係はY=MVより導かれる。ここで、dY, dM, dVは、各変数についての微小変化である。この式、Y+dY = (M+dM)(V+dV)、を展開し、二次の項を省略すると、上記の成長率の関係式が得られる。

この成長率の関係式に、以下のように定義して、実際の値を代入した。

dY/Y = (Y2-Y1)/Y1

前年度に対しての成長率なので、このような定義である。ある年のGDPの成長率は、その年のGDPであるY2と、その前年のGDPであるY1から得られる。


2. 日本とアメリカの名目GDPの成長率

データは、日本政府とアメリカ政府が公開しているデータである。以下では、アメリカ、1956年から1998年までの日本、1995年から2019年までの日本についてグラフを紹介する。日本について期間が分かれているのは、途中でGDPの定義が変更されたからである(アメリカのように古いデータとの統合はできないのだろうか)。

以下の図では、GDPから純輸出量(EX-IM)を引いたGDP'の値を採用している。純輸出量は貨幣循環とY=C+G+Iに関与しないので、こちらのGDP'を使用した。

以下、アメリカについてGDP'の成長率(dY/Y)と、M=G+Iの成長率(dM/M)、V=1/(1-β)の成長率(dV/V)のグラフである。

dY/YとdM/M+dV/Vの時間変化(USA、1956年以降)
dY/Y、dM/M、dV/Vの時間変化(USA、1956年以降)

最初のグラフは、当たり前の事だが、dY/Y と dM/M+dV/V の値が一致している事を示している。二枚目のグラフは、dM/M と dV/V の値を分離している。

二枚目のグラフから分かるように、dV/Vは±2%程度の範囲の値をとっている。言い換えると、dY/Y と dM/M は±2%程度の分散でよく相関している。

貨幣循環の貨幣流を生み出せるのは、政府と銀行である。従って、因果関係として、M=G+Iの増減が名目GDPの増減を生み出している。


dY/YとdM/M+dV/Vの時間変化(日本、1956年以降)
dY/Y、dM/M、dV/Vの時間変化(日本、1956年以降)

1960年代以前、dV/Vは±5%以上の値を取る事もあったが、その変化幅は徐々に狭くなった。従って、ここでも dY/Y と dM/M はよく相関している。

1960年代以前にdV/Vが大きな負の値をとっていた事は、流通速度が減少した事を意味する。これは同時に平均消費性向の減少でもある。この変化は、日本の経済構造の変化である。例えば、日雇い仕事の割合が減少し、国民の多くが貯蓄をして安定した生活を得るようになったと考えられる。


dY/YとdM/M+dV/Vの時間変化(日本、1995年以降)
dY/Y、dM/M、dV/Vの時間変化(日本、1995年以降)

1995年以降、dY/Y, dM/M, dV/Vが5%以内の同程度の値となっている。例外として、リーマンショックのあった2009年には5%から10%の値である。

ここで再度、dY/YとdM/Mの分布図を紹介する。

名目GDPの成長率とM=G+Iの成長率

このように、M=G+Iの成長率は名目GDPの成長率に比例する。破線の傾きは1である。dM/Mが20%以上の範囲で dY/Y(=dGDP'/GDP')が破線の下に分布しているのは、1960年代前のデータである。この期間中、GDP中の平均消費性向βは比較的大きく変化し、日本の経済構造が大きく変化した事を示している。


このように、貨幣循環の流れを考えれば、政府支出と国内投資の成長率が名目GDPの成長率をコントロールしている。この認識からは、諸々の重要な事柄が導かれる。

例えば、その一つとして、近年の日本の名目GDPの低成長は政府支出と国内投資の低成長に由来する。日本国民の努力が足りないのではない。経済学者と政治家と官僚が、M=G+Iの成長率と名目GDPの成長率の関係を理解しておらず、十分な量の貨幣量を流さないためにGDPが低迷しているのである。

また別の重要な認識は、個々の市場での革新的な商品(財・サービス)の登場が名目GDPの成長とは無関係な事である。個々の市場というよりも、財・サービスの総数を増やすような科学技術が登場した時には(例えば鉄道やIT技術)、それに応じた政府支出と投資が行われ、人々の消費する財・サービスの数量は増加し、名目GDPは増加する。(筆者の私見として、現代社会にはIT技術が普及して財・サービスの総数が増えたにも関わらず、日本ではそれに見合うだけの政府支出と国内投資の増加は行われていない。)

またもう一点指摘しておきたい事は、マクロ経済学における、名目GDPの成長を予想するためのこれまでの研究(マクロ経済学の主題)の全てが水泡に帰すという事である。


3. dV/VがdY/Y, dM/Mと反対方向に動く

上記のグラフのdV/Vについて、読者は2点の疑問を持つだろう。一点は、なぜ±2%程度の範囲に収まるのか。もう一点は、なぜ dY/Y と dM/M の増減に対して dV/V は反対方向に増減しているのか。

「2%」については定量的に考えなければならない。長くなりそうなので、別の記事や電子書籍に考えをまとめたい。後者の増減の方向の違いについては、電子書籍「マクロフロー経済学 3 貨幣循環の定量解析」の4.2節「解析結果」において散布図を紹介し、議論をしている。以下の図は、「マクロフロー経済学 3 貨幣循環の定量解析」の4.2節「解析結果」の図6である。(ただしMとVの導出方法が少し違うので値も少し異なるだろう)

dM/MとdV/Vの散布図

ひと目見て分かるように、dM/MとdV/Vの時系列変化には特徴的な傾きが存在する。この傾きの頻度分布図を作成すると、(dV/V) / (dM/M) の頻度は-0.4に最大値を持つ。この値の解釈には、流通速度Vについてのいくつかの認識(「【貨幣循環】貨幣循環と循環速度の実態」の内容、及びこの電子書籍で紹介している「貨幣の循環経路のコイル構造」の観点)が必要なので、ここでは手短に説明できない。

このような特徴的な値を議論するためには、現在のマクロ経済学で行われていないような貨幣循環についての研究が必要である。


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