2018年11月30日金曜日

知識体系を構築するのは論文か議論か? 論文と議論の情報量の差

この記事では、(科学)知識体系の成長サイクルにおける論文の重要性を主張します。

基礎科学の研究志望者向けの内容です。

この事については研究者の経験を積むなかでに徐々に理解は進みますが、大学院では明示的に教えられていない内容です。

論文は情報の伝播経路であり、知識体系を形作るブロックそのものです。

このような論文の比較対照に、口頭での情報交換である議論を取り上げます。


知識体系の成長サイクルにおいて論文が重要だという根拠は、次の3点です。

  • 論文中の情報はよく整理されている。(議論はその場の思いつき)
  • 論文なら、時間と空間が離れていても情報を伝達できる。
  • 視覚から得られる時間あたりの情報量は、聴覚から得られる時間あたりの情報量より多い。

個々の研究では議論も有益です。

しかし、知識体系の構築については、間違いなく論文が重要です。

この記事では、論文の重要性が学問全体に共通と考え、単に「知識体系」と書いています。(筆者には学問全分野の研究経験はありません。




本記事の内容。

  • 知識体系の発展
  • 論文と議論で伝搬する情報の質の違い
  • どれだけの人に読まれるか?聞かれるか?
  • 視覚と聴覚による単位時間あたりの情報量




知識体系の発展


科学(Wikipedia)
科学的手法(Wikipedia)

科学の歴史、個々の研究で採用される手法については、上記のリンク先を御覧下さい。

次の図は、科学などの知識体系が構築されるサイクルです。

(科学)知識体系の構築サイクル。問題の認識がスタート地点。

上の図の構築サイクルにあるように、一連の研究の流れとは、研究者達によって問題が認識され、それについて研究され、そして論文が公開される事です。

そして、その論文を読んだ「遠い場所の」あるいは「未来の」別の研究者たちが、同じサイクルを繰り返します。


一般の人々が科学や学問とは何かを考えた時、多くが思い浮かべるのは偉大な発見、偉大な研究結果でしょう。

しかし、知識体系の(効率的な)成長は、研究しただけ、発表しただけでは成り立ちません。

研究結果と同等に大切な要素が、「論文にする」事です。

結果を出した後で論文を書かなければ、その研究は世界中の研究者にとっては無いも同然です。

知識体系の構築には、論文の存在が欠かせません。



論文と議論の情報の質の違い


一つ確実に言えることは、論文が、時間をかけて執筆され、レフリーとのやり取りの中で欠点が修正され、非常に整理された情報となっている事です。

一方の議論は、議論の参加者の疑問に従い、その場のやりとりで発展していくものです。

議論では、そこで挙げられた疑問などに対して適切に答えられない事がある一方で、研究の完成度を上げるような刺激(情報)を受ける事があります。



多くの人に読まれる事を見込んだ論文は、読みやすくなければなりません。情報が整理されていなければなりません。

(論文の構造と書き方については、多くの資料が公開されているので割愛。)

論文こそが知識体系の「目に見えるブロック」と言えます。

このブロックは、他のブロックと重なり合うような、綺麗で頑強なブロックである事が望ましいでしょう。

綺麗で頑強なブロックであるためには、論文の中の情報は最低限揃える必要があり、また読みやすいような理解しやすいような文章構造をしていなければなりません。(特に科学では検証を可能にする情報が揃っている事が必要)

いびつ過ぎるブロックではいけません.。中身がスカスカのブロックでもいけません。

読むのに時間がかかる、問題理解の以前に文章内容の理解に時間がかかる論文は、研究結果の価値を下げます。(そのような論文は、普通はエディターかレフリーに修正を要求されます)



一方、議論の大きな特徴は、その即興性(悪く言い換えれば再現性の乏しさ)でしょうか。

議論に参加しているメンバーが同じでも、似た議論になるとは限りません。

これは、議論を行う我々人間の思考と感情の移ろいが主因と思われます。

そのような不確実性とは別に、一人で考え続けていると思考がループする事もあり、そんな行き詰まった研究者に刺激を与えてくれるのは、議論などの外部からの刺激です。

さらに議論や会話の中から得られる先人の経験は、時には役立つ事があります。

議論では、レフリーとのやり取りのように、致命的な問題点が見つかる事もあります。

個々の研究では議論は欠かせません。

時々「頭の良い人たちが集まって議論すれば、科学は大きく前進する」というアイデアを見かけますが、やはり参加できる人数には限りがあり、そして発声には時間がかかります。

現実は、議論だけで科学が進展する事は無く、研究結果を記した論文が多くの研究者に読まれ、そして各々の発想のもとで研究が進む事によって知識体系が構築されていきます。



どれだけの人に読まれるか?聞かれるか?


論文の影響力、つまり情報が取得可能な人数の多さを見てみましょう。


No1の論文引用回数は30万件超え、100位以内は1万件の桁です。

その分野の隆盛などもありますが、引用されずに読まれるだけならこの10倍以上の読者数になるでしょうか。(多すぎ?)

多数回引用されている論文は、手法やソフトウェアについての論文が多いようです。

これらの論文は、一人あるいは複数人による、おそらくは数年単位の成果の結晶です。

その数年単位の成果が、非常に多くの研究者に読まれ、次の研究成果につながり、さらにいつかは世界中の人々もその影響を受ける事になります。

これは凄いことです。

論文作成に要した人数時間(人数と時間の積と和)と、その研究の影響を受けた研究者の人数時間、さらに恩恵を被る人数時間を考えると、論文の持つ影響力は凄いものがあります。

この影響力を支えている要因は、論文の質の高さと、論文が紙媒体・電子媒体として(お金を払えば)いつでも入手可能な事です。



論文に比べて、研究における議論はここまでの対人数の効果を持つ事はありません。

せいぜい、会議の出席者、多くて数百人でしょう。(多くの人々に見てもらう事を目的とする、アメリカ大統領選挙の討論会などはまた別物です。)

論文の入手可能性と対比させるなら、議論の対人数効果が低い理由は、議論がその場限りのものだからです。

その場限りになる理由は、議論の内容が発言者の「その場での興味」に依存するからです。

議論の内容は、情報としては決して整理されておらず、万人に有用なものである事はほぼ無いでしょう。

しかし、議論している当人たちにとって有用な情報が得られる事はあります。


最近では、動画サイトの出現により、録画すれば多くの人々が議論を見る事は可能になりました。

議論がその場限りの性質のものだとしても、例えば、偉大な功績を残した科学者達の議論なら、皆見たいと思うかもしれません。(近しい例を挙げるなら、ソルベー会議におけるアインシュタイン対ボーアか?)

ただ、多くの場合は、その著名人達の仕事ぶりや歴史的瞬間を見たいと思うのであって、その議論が教科書の代わりになる事はありません。




視覚と聴覚による単位時間あたりの情報量


前節までに書いたように、論文と議論とではその情報の質に大きな違いがあります。

そして、読んで受け取る情報量と、聞いて受け取る情報量にもまた差があります。(ここでの情報量は、単に文字数と仮定)

「読む 文字数 単位時間」でgoogle検索すると、読書などで単位時間あたりに読む事ができる文字数についての記事だけでなく、プレゼンなどで単位時間あたりに話すべき文字数についての記事も出てきます。

(科学的検証はとりあえず置いといて)それらの記事によると、1分間に読める文字数はおよそ400文字から600文字、相手に理解してもらうために1分間に話す文字数は240文字から300文字、となっています。

(「1分間に話す文字数」と書いてあるのが私にはちょっと疑問で、正確には「1分間に話す音数」ですね。)

「1分間に話す文字数」とは、そのまま「1分間に聞き取れる文字数」になります。

従って、視覚で受け取れる文字数は、聴覚で受け取る文字数の倍近くあるという事になります。

ここでは文字による情報を念頭に話していますが、グラフや表による情報伝達を考えれば、単位時間あたりに受け取ることのできる情報量は桁で違ってくるでしょう。(漢字による文字数の省略もある)

そして、グラフや表の内容を口頭で説明する事は非常に困難です。(聞くに耐えない)

難解になりがちな(英語)論文の通読や議論における言葉の応酬に、これらの数字を直接適用できるかについては疑問が残りますが、論文通読や議論における文字数がこれらの数字と大きく乖離しているとも思えません。



結論として、論文と議論の情報の質の差、情報を受け取る人数の差、そして視覚と聴覚から吸収される情報の量の差を考慮すると、知識体系の構築サイクルに大きく寄与しているのは論文である、という結論になります。

なおこの結論は、個々の研究における議論、口頭による情報交換を否定する訳ではありません。




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