競争的資金を作り出して、分野内の進歩に意図的な偏りを作る事は、科学技術全般の進歩にとって有効なのでしょうか?
主張したい事は、「目先の金銭的利益を求めて競争的資金を増やす事は、人類の長期的な利益である科学技術の進歩を阻害する」という事です。
本記事の内容は次の通り。
- 競争的資金と評価
- 競争的資金と科学技術の進歩
1. 競争的資金と評価
評価という面から考えた時、この競争的資金という制度は、評価の分配制度と置き換える事ができます。
ここでの評価とは、研究資金がつく事、マスコミをはじめとした人々がもてはやす事などです。
この評価とは、研究者(グループ)が得る評価、大学が得る評価、お金を出している官僚や国(文科省)が得る評価などがあります。
ここでは、評価のもとになる研究成果は一定の水準で出て来る、と考えます。
一定の水準を保証するのは、経験豊富な科学者達(あるいは「見識のある」方々)による競争的資金を与えるための審査です。
研究の世界において、基本的に「必ず成果が出る」という保証はありません。
人間の認識の範囲内で「まだ確立していない知識」を導こうというのですから、これは当然です。
ただ、出発点と到着点が明確であり、そこに到るまでの道のりがぼんやりながらもわかっており、装備、計画が整えられていれば、審査員はその計画にゴーサインを出す事ができます。
到着点が明確である以上、一定の成果も得られるでしょう。
研究に関わった皆が一定の評価を得る事ができ、そもそも資金を得られなかった人々は評価される事がありません。
2. 競争的資金と科学技術の進歩
2-1. 競争的資金でできる事
このような評価行為によって、人々は納得・満足しますが、競争的資金が科学技術の進歩にとって有効か、最短経路であるかどうかは別問題です。
先に「一定水準の成果」の話をしました。
そこで「着地点は明確で、経路はぼんやり」と書きました。
私が考える競争的資金の問題は、結局、競争的資金から得られる成果が、人間に予想できる範囲内で、かつそれが実現可能と期待できる極めて狭い範囲内の結果でしかない事です。
競争的資金を使った研究によって、既存の科学技術が発展進歩する余地は大いにあります。
その研究成果が特許になり、多大な利益を生み出す事もあるでしょう。(そういう成果が期待されているのでしょう)
しかし、それは利益率の高い投資ではありますが、革新的な科学成果ではありません。
これまで人々が予想もしなかったようなものが生まれる事は無く、人々の生活を大きく変えてしまうような事はまずありません。
それは、人々の予想の範囲外にあるような、よく分からないものに、(公的)資金を多く投入する事などできないために、当然の事です。
2-2. 科学技術の進歩
ここで強調したい事は、人間には未来を見通す事などほぼできないという事です。
現代にいたる2000年以上の学問の成果を予想できた人がいたでしょうか?
日常生活もそうですが、科学技術に限定しても、将来どんな新事実・新法則が発見され、それがどう応用されるのか、見通す事は不可能です。
困難のレベルではなく、不可能です。
それなのに、既知既存の科学技術の、現時点で手の届くような発展にばかり資金をそそいでいては、科学技術の進歩が鈍化する事は目に見えています。
科学技術の進歩のためには、簡単に利益になるとは思えないような研究テーマにも一定の予算をかける事が必要になります。
正確には、予算と時間を与える必要があります。
人類にとってよく分からないこの世界(自然)というパラメータ空間をできるだけ広く調べる事が、科学技術の進歩の最短経路になるはずです。
基本的に、その分野がどう発展するか、その分野が人類にどう利益をもたらすのか、詳細な予想(説明)を科学者に求める事自体が適切な行為ではありません。
科学者は現象を説明し、技術者はそれを日常生活レベルで使いこなす事が仕事です。
税金を使った研究結果を説明する事は研究者技術者の義務ですが、未来を予想する事は、両者に可能な仕事ではありません。
誰に可能な仕事でもありません。
まとめると、
目先の利益を求めて競争的資金を増やす事は、人類の長期的な利益である科学技術の進歩を阻害します。
言い方を変えると、大多数の人々が利益になると理解できる研究だけに資金を投入するなら、人類が自然から得られる利益はずっと少なく、現在のような進歩はなかったでしょう。
現在、日本の大学が象牙の塔でなくなり、研究者の多くは生徒の指導と競争的資金の獲得あえぎ、競争的資金を得た研究者はその使用のために時間をなくし、得られなかった研究者は何もできずという状況です。
昔が正しいと言うつもりはないですが、明らかに行き過ぎた状況です。
この期間に行われている研究は、金銭的利益になる事はあっても、ノーベル賞などで表彰される事は無いでしょう。
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