2021年12月28日火曜日

【貨幣循環】貨幣の回転速度(流通速度)を名目GDPから求める簡易な方法

 本記事の内容は、「マクロフロー経済学 3 貨幣循環の定量解析」の一部である。本記事の内容は、「【貨幣循環】貨幣循環導入の3点セット」においてより原理的に解説されている。


本記事では、数量方程式のV(wikipedia, jp:貨幣数量説#フィッシャーの交換方程式、en:velocity of money)について簡単かつ、ある程度の精度を持つ計算方法を提示する。本記事の内容は以下の通りである。


  1. 計算方法
  2. コイル構造的解説


1. 計算方法

V = 名目GDP / (政府支出と投資の合計)

この計算方法では、貨幣循環した貨幣量Mに政府支出と投資の合計額を代入する。これにより、ある年の名目GDPとその内訳のみから、その年の貨幣の回転速度を求める事ができる。この政府支出と投資の合計額はいわゆるG+Iであり、平均消費性向をβとすれば「名目GDP*(1-β)」である。従って、ここでは V = 1/(1-β) という単純な式が得られる。

念の為に数量方程式を解説しよう。数量方程式は、MV=PQ、と表現される。数量方程式はある期間(時間幅)を前提として、Mはその期間内の貨幣循環に関与した貨幣量、Vが貨幣循環の速度、Pが平均物価、Qがその期間における財・サービスの販売数量である。PとQは、Pを物価のインフレ率、Qを基準時の販売総額とする事もある。

一般に、数量方程式の前提となる期間は1年間であり、従って1年間の販売総額であるPQは名目GDPとなる。貨幣数量説では、Vを求めるために名目GDPを割るMを、貨幣の総量であるM2やM3としてきた。しかし誰もが思い浮かべるように、この貨幣総量には消費に寄与しない銀行預金やタンス預金などの貨幣も含まれてしまい、その精度は長年の議論の対象であった。

しかしながら、数量方程式と循環フロー図、そして名目GDPの内訳を総合的に考えれば、MにG+Iを代入したほうがずっと精度が良い。このG+Iは、貨幣循環への明確な注入貨幣量だから当然である。

ただ読者の疑問は、上記の「精度が良い」がどの程度良いのか、「真の値」からどれほど離れているのか、という事だろう。筆者は、収入頻度と平均消費性向を使ったモデルにおいて貨幣循環の推移を追った。政府支出と投資によって流入した貨幣と、貯蓄と納税によって流出する貨幣、貨幣循環の中で循環し続ける貨幣の割合。これらは「マクロフロー経済学 2 貨幣循環、乗数効果、数量方程式」の内容である(リンク先は概要記事)。読んでほしいが、まずは自分でモデル(簡単な数式)を組み立てて検討してほしい。筆者が収入頻度を導入した理由は、観測事実に由来する。


2. コイル構造的解説

計算結果について解説しておこう。例えば典型的な値として、V=2.25である。これは、上記の「マクロフロー経済学 2 貨幣循環、乗数効果、数量方程式」の記事の図の値である。この値は、「V = 1/(1-β)」とは1割程度だけ異なる。問題は、このような計算によって得られたVが必ずしも整数でない事である。

簡単な例を示そう。ある家計が貨幣循環のもとで物価1の財・サービスを2回購入した時、名目GDP=MV=PQ=2である。この時、M=P=1であり、V=Q=2である。この例から分かるように、数量方程式における貨幣の回転速度Vとは、貨幣がある期間に財・サービス市場を通過した回数と定義されるべきである。この回数とはもちろん整数である。そう考えると、非整数のVは異なる回転速度を持つ貨幣流の存在を意味している。

単純な仮定として、V=2.25の場合、V=2 と V=3 の2本の貨幣の流れを想定できる。これらが適当な貨幣量を取れば、その平均値としてV=2.25が出てくる。つまり、ここで重要な結論は、現実経済には複数本の異なる貨幣量を持つ貨幣の流れが存在する事である。

この異なる貨幣量と回転速度を持つ貨幣の流れは、「マクロフロー経済学 3 貨幣循環の定量解析」においてコイル構造と呼ばれる。循環フロー図中の形状が、電磁石のコイル構造そのものだからである。異なる巻数を持つコイル構造は、離散化した、異なる平均消費性向、回転速度を持つ。

実体経済を構成する貨幣循環は、異なる貨幣量を持つコイル構造と、そのコイル構造間での貨幣の移動から構成されている。貨幣循環について議論が行われる時、しばしば家計の平均消費性向の値の大小などが使われるが、これらは貨幣の流通経路のコイル構造と表裏一体である。異なる年代、異なる収入額、異なる平均消費性向の家計について網羅的に議論するよりも、この複数の貨幣の流通経路について議論するほうがよほど単純である。政策段階としてはもちろん家計の平均消費性向も議論すべきであるが、学問として現実の根幹を把握するためにはこのコイル構造による表現が有効である。


筆者に理解困難なのは、経済学者が、名目GDPで経済規模を測定していながらMにM2やM3を代入した事である。おそらくは根本的に何かの拘りが異なるのだろう。科学者としての筆者の立ち位置は、観測事実の大半を説明できる単純な定量的な仮説の追求である。これは、数値の客観性整合性が研究者の主観や願望とは無縁だからである。


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