2022年12月5日月曜日

【貨幣循環】名目GDPの増減と経済格差の増減の分離 その2

前回の記事「【貨幣循環】名目GDPの増減と経済格差の増減の分離 その1」では、名目GDPの増減と経済格差の増減が独立である事を、数式と観測値によって示しました。この記事では、独立な名目GDPと経済格差の増加と維持の組み合わせがどういう状況を引き起こすのかを議論します。以下の表がその状況のまとめです。

本記事では、政府支出及び名目GDPの減少は議論しません。どう考えても良い状況ではないので。

これらの組み合わせを導くために、人口と財・サービスの増減を経済格差の増減に結びつけて議論します。数式は出て来ないので、論理的に堅固ではありません。ただし、個人の能力の物理的な限界を用います。経済格差の増減と財・サービスの増減についての論理構成は次のようになります。

  1. 人間の能力と行為には様々な物理的な限界が存在する。
  2. 個人の認識能力と消費能力にも明確な限界が存在する。従って、少数の顧客(富裕層)よりも、桁違いに多数の顧客(中間層)の消費行動によって財・サービス市場に多くの貨幣が流れ込む。
  3. 経済格差が小さく、中間層の経済的豊かさが継続するなら、貨幣循環によって消費に多くの貨幣流が流れ、衣食住に加えた豊富な財・サービスが更新・拡張される。

ここで中間層の有無は、平均消費性向βの分布の山型とL字型によって示されます。この経済格差と財・サービスについての議論と、前回の数式によって示した政府支出の増減に伴う名目GDPの増減の組み合わせをまとめたのが冒頭の表です。


内容

3. 人間の能力と行動の限界

4. 富裕層と中間層と財・サービスの発展

5. 政府支出の増減、経済格差の増減、財・サービスの増減の組み合わせ


3. 人間の能力と行動の限界

以下に挙げる人間の限界は、トリクルダウンが起きない原因として拙著「トリクルダウン仮説の定量的理解」にて挙げたものです。「トリクルダウン仮説の定量的理解」で挙げた個人の消費能力の限界は三種類です。時間の限界と、欲求の限界、そして消費カロリーの限界です。

時間は有限です。人がどれだけの資産・収入を持っていても、365日24時間、消費活動の継続はできません。現在はインターネットを通じて簡単に選択して注文ができますが、それでも有限です。人間にはやりたい事、やらなければならない事が多くあり、消費だけのために時間を消費できません。時間は誰にとっても平等に有限な資源であり、人間の行動の限界の一つです。

もう一つの限界は欲求あるいは数量の制限です。資金の多寡に関係なく、我々は「消費活動が意味を持つように」、購入する数を意識的に制限してます。人々は、食べきれない大量のお菓子を、ただ消費のためだけに購入しません。例えば一個20円のチョコ菓子を100万個、2000万円分を個人のためには購入しません。この場合、1年365日で消費するなら1日に2740個程度食べなければいけません。100年なら毎日27個です。人間は、この食事の継続は現実的に不可能で、購入したお菓子の大半が無駄になると判断するから、これを購入しないのです。資金さえあれば、運転しない複数台の車を毎年買い替えるでしょうか?個人用ジェット機を毎年購入するでしょうか?本当は「そんな事をしたくない」のに、「する意義が分からない」のに?人間には、衝動的な消費と理屈づけた消費以外に、漠然とお金を使うための消費は困難です。

最後の限界は、我々の消費カロリーによる限界です。部分的に時間による限界と重複しています。我々が一日に食べる量は、富裕層でも非富裕層でも同程度です。富裕層の成人男子だからといって、平均的に一日30000kcalの食料消費とはなりません。そして体力も同様です。

富裕層と一般市民では時間も食事量も体力も欲求もそんなに変わらないのに、言い換えると最大限に実行可能な需要が同量なのに、使える収入と資産が何桁も異なります。従って、富裕層の平均消費性向が0.1以下の微小量であるというのは極めて自然な事です。

これらの人間の消費能力についての限界が、トリクルダウンが生じない理由です。言い換えると、長年の少数の権力者と富裕層による支配体制下で経済が不活発であった理由です。そして現代の大衆大量消費経済では個人についてのこれらの制限は同じですが、消費者の人数の多さが飛躍的に財・サービスが増えた理由です。


4. 富裕層と中間層と財・サービスの発展

前節では、個人についての消費能力の限界を示しました。この限界を超えて経済を活発にするためには、消費者の人数の多さが必要です。この消費者とは、最低限の衣食住のみを消費するその日暮らしの労働者ではなく、最低限の衣食住に加えて一定の財・サービスを消費できる消費者です。

さて、この節の本題、βの分布は山型とL字型、どちらが財・サービスの大量販売あるいは発展に都合が良いかという主題については、当然のことながら山型が理想です。山型の分布が示しているのは、教育を受け、経済的に余裕のある多くの労働者=消費者の存在です。そして教育課程において優秀な人材が選抜され、科学技術を発展させ、新規の財・サービスの導入と大量販売が果たされます。

従って経済格差が減少してβ分布が山型に近づくなら、販売される財・サービスの数量は増加します。一方、経済格差が増大してβ分布がL字型に近づくなら、財・サービスの数量は減少します。これが本説の結論です。


このような理屈付はいたって自然であり、みな聞き飽きた理想論でしょう。この理屈を別の見地から見た時には、このように言えます。「過去の王政、一握りの権力者のみが圧倒的な経済的余裕を持つ状況では、必要とされる財・サービスの少なさのために経済が発展しなかった」。一つの理由は、少数の顧客への商売が不安定である事です。これは現在の大量の顧客を要する大企業の繁栄と対の状況です。そしてもう一つの理由は、前節で挙げた個人の消費能力の限界です。

少数の顧客への商売が不安定である事の意味は、二点あります。一つは需要が安定しない事(需要と供給のミスマッチが起きやすい事)です。もう一点は供給コストが高い事です。手間暇かけて美味な果実を育成しても、誰も食べなければそれまでです。

あるいは王族やトップの権力者などの少数者を想定しないで、より多数の貴族や富裕な商人を対象に商売をすれば良いと思うかもしれません。ただそれならばより多数の一般国民を想定したほうが、需要はより安定し供給コストも抑えられます(当然供給量の限界はある)。

おそらく歴史的に、より少数の顧客を対象にした商売が一定規模の国の基幹産業になった事実は無いでしょう。企業活動と消費活動のなんらかの原則が変更されない限りは、将来的にも起こり得ないでしょう。トリクルダウンは永遠に起きないし、富裕層と貧困層の二極化が人口と財・サービスの増加を導く事もありません。

ここでは定性的な議論をしましたが、後にβの分布と販売される財・サービスの数量について試算した記事を書く予定です。


5. 政府支出の増減、経済格差の増減、財・サービスの増減の組み合わせ

貨幣循環】名目GDPの増減と経済格差の増減の分離 その1」において、政府支出の増減と経済格差の増減の分離を示しました。前節において、経済格差の増減と財・サービスの増減の関係を示しました。本説では、これらを組み合わせて冒頭の表を説明します。以下の四種類の組み合わせに対して、財・サービスと他の変数の変化を「拡張された数量方程式」によって考えます。

  • 政府支出の固定と経済格差の縮小
  • 政府支出の増加と経済格差の縮小
  • 政府支出の固定と経済格差の拡大
  • 政府支出の増加と経済格差の拡大

5.1 政府支出の固定と増加、経済格差の縮小

第一に、政府支出(と国内投資、M=G+I)を固定して、β分布を山型に近づける事を考えます。この状態では名目GDPは増加しなくとも、国民の大半が経済的な余裕を持って財・サービスを消費できる状況へと変化します。一見して素晴らしい事のように思えますが、経済的な余裕を「持ってしまうと」、G+Iを増加させなければこの状態を最終的には維持できません。理由は以下の3点です。

  • 人口の増加に対応しなければならない。
  • 物価の増加に対応しなければならない。
  • 科学技術の進展による財・サービスの増加に対応しなければならない。

そしてこれらの理由は拡張された数量方程式から見出されます。

右端のN'PSの項が、対応しなければならない理由です。

もしG+Iを増やさず、名目GDPを増やさずに現状を維持しようとするなら、

  • 人口増加は禁止される。
  • 競争原理に起因する収入増加と物価増加は禁止される。
  • 財・サービスの発展は禁止される。(科学技術の進展の必要はない)

他国が存在しない閉じた世界で、かつ生殖本能と競争原理が機能してない、そしてさらには科学技術研究が禁止された世界なら、G+Iを増やさずに済みそうです。言わずもがな、このような状況は非現実的です。

「MV=N'PS」から、循環速度Vの増加を考える人がいるかもしれません。おそらく政府が上記の禁止事項を実施しなければ、Vが増加し、βが1に近づきます。政府支出固定のもとで経済格差を減少させた結果、N'PSの各値が増加し、平均消費性向が増加し、貯蓄と税収に回る貨幣量が減少し、国民全員が「その日暮らし」をする事になるでしょう。βは山型分布からβ=1近傍でのI字分布となります。この状況になると新規の財・サービスが導入される事はなく、そして競争原理による物価と収入の増加により、最終的に人口と財・サービスが減少します。

結論として、時間経過とともにG+Iを増加させなければ、β分布を山型に近づけて経済格差を縮小させたとしても、人々の生活が豊かになる事は無いでしょう。M=G+Iが増加すれば、人口と財・サービスの数量も増加が継続します。

5.2 政府支出の固定と増加、経済格差の拡大

第二に、政府支出(と国内投資、M=G+I)を固定して、経済格差を拡大する(β分布をL字型に近づける)事を考えます。この状態は、歴史上にありふれた経済的袋小路です。政府支出固定下での経済格差の拡大により、人口と財・サービスが減少し、税収と政府支出は減少します。これは大半の国民の購入可能な財・サービスの数量が減少するためです。

政府支出増加のもとでは、経済格差の拡大と人口と財・サービスの減少のペースは緩やかになるかもしれません。いずれにせよ、経済格差を拡大すると人口と財・サービスの減少は避けられません。

経済格差の拡大とは、具体的には収入格差の拡大です。これは権力者とその周囲の富裕層(大企業経営陣)によって主導されます。この時間経過により、第一段階として販売される財・サービスの総量が減少し、次に出生率の減少という形で人口が減少します。

そしてこの状況に付随する事柄として、財・サービスのための科学技術の発展は、経済格差の拡大を主導する権力者のもとでは達成されません。権力者たちが理解できる範囲で権力維持のための分野(おそらく主に軍事)には研究費が出されるでしょうが、それは科学技術の発展のためには全くの歪であり、不十分です。

先に書いたように、世界を構成する無数の要素に対して人間の認識能力には限界があります。そして科学技術の進歩は、人々の予想範囲の進歩と予想外の進歩で構成されます。予想外の進歩は劇的な変化をもたらしますが、それを獲得するためには人々の認識内と認識外の範囲を分け隔てなく調べる必要があります。


本記事では、βの分布と人口と財・サービスの数量について議論し、さらに経済格差の増減(βの分布変化)と政府支出と名目GDPの増減、そして人口と財・サービスの数量の増減についての組み合わせを議論しました。政府支出が固定され経済格差が拡大する状況は、過去に頻繁に起きた経済的袋小路です。経済格差を縮小して多くの消費者を生み出し、加えて政府支出を増大させると、人口と財・サービスと物価の増加が継続します。

次の記事では、「名目GDPの増減と経済格差の増減の分離」という主題から離れますが、経済に欠かせない政治体制と科学技術の発展、そして企業経営陣の利益配分決定権について述べます。


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